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2015.09.27 (Sun)

タブレット純の浜松町ナイトクラブ 文化放送

9月26日(土) 文化放送 特別番組
タブレット純の浜松町ナイトクラブ

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ちょうど放送時間は岡林さんのライブ中
終わってから電車を待つ間、残り30分を聴くことができました。
もちろん帰宅してから録音を聴きましたが。

その中でまたまた驚きの事実が!
マヒナスターズの時の芸名が「田渕純」
どうして「田渕純」になったのか? の質問に

本名 橋本康之  橋本はそのままでいいとして 下の名前の候補として
マヒナメンバーでありカラオケ教室の師 日高先生が「龍」 を挙げられたそう。 
橋本 龍  はしりゅう と呼ばせる 

 に敏感な私としては びっくり! です。 
沼袋 相模原 の共通項にも何かあるんじゃ?強引に結びつけようとしているのに
「龍」だなんて!!
不遇な境遇もなんだかな~~ですから。

で、母の旧姓が「田渕」 女系で田渕を継ぐ人がいなくなっちゃったので
「田渕」を名乗りたいということで 田渕 が決まり
弱々しい声で「僕は龍にはなれないから」と「龍」は断り
和田弘さんの姓名判断で 「純」 か 「りょう」  の2者択一になって
「純」になったんだそう。

初めて聴くお話でした。

由紀さおりさんがピンクマルティーニとコラボして世界的ヒットになったことは有名ですが、それより8年も前にマヒナスターズの「菊千代と申します」という曲がピンクマルティーニに発掘され、レコーディングまで済ませていたのだそうです。
しかし発売になる前に和田宏さんが急逝。
それっきりその録音がどうなったか?は謎だったそうなのですが、佐藤利明氏(写真左)がアメリカに渡り、ピンクマルティーニの方を訪ねその真実が明らかになったそうです。
彼が所持しているレコーディング時の記念写真にマヒナ時代の田渕純がしっかり写っているそうです。
アメリカでは2004年にCDとして発売済みだそう。
もし、和田さんが生きていらっしゃったら、ちょうどマヒナ結成50周年の大イベントとなる企画だったそうです。
なんかロマンあるお話だけど、実現していたらどうなっていただろう?

ほかにも石原裕次郎に「二人の世界」を書いたのは鶴岡まさよしさん。
そのヒットで得た資金で東京ロマンチカを結成し、作家志向だった鶴岡さんはロマンチカで作品を発表していったそう。
そして「小樽の女よ」はもともとは「釧路の女よ」 だったとか興味深い話ばかりでした。

青春歌謡も好きというご三人は純さんリードで歌声喫茶風に「女学生」「霧の中の少女」を歌ったりと盛りだくさん!
評判がよければレギュラーの可能性もあるとか?
楽しみだ~~


ここで浜松町ナイトクラブを貼り付ければいいのだけど
なんか 龍 になれなさそうな 可愛い純子ちゃんを貼りたくなってしまいました。
12:21  |  タブレット純  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑

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