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2012.06.28 (Thu)

訃報 沢田日出代さん(伊藤エミさん)

hiei.jpg

1975年7月20日 比叡山山頂でのフリーコンサートのチケットです。
ジュリーが伊藤エミさんと、延暦寺で挙式しその披露宴のコンサート
ジュリーがファンを無料で招待してくれました。

百合の花を持って、ジュリーの後ろからついてきて
一言も言わずにファンの前で頭を下げました。
私たちは、観念してお祝いの拍手を送ったと思います。

それ以後、葬儀を除いてはいっさい表に出ることもなく
もちろん仕事場に顔を出すこともなく、ジュリーがジュリーで
輝き続けることができたんだと思います。

そのエミさんを裏切ったとうい意味では、今でも許せない気持ちって
こんなに時間がたっても変わってないのです。
ファンが許すも許さないもないだろう ってのはわかってますけど。

でもね、ジュリ友が言ったんだ
ジュリーがいちば~~~んきれいな時代を
独り占めできたんだから、ジュリーの子供を産んだんだから
裏切られちゃったことは悲しいことだけど、 でも いいよね って。

そのエミさんが亡くなられたそうです。
なんだかな~~~ 今のジュリーはどうでもいいんだけど
私の青春であったことはゆるぎないことなので
やっぱり、ショックです。
あの頃、結婚したにもかかわらずずっとジュリーがジュリーで
輝いていられたのは、エミさんがいたから だと思うのよ。

あちらでは、ずっとしあわせでいてください。


00:24  |  Julie  |  コメント(11)  |  EDIT  |  Top↑

★同感だね!

私は、そんなにファンではなかったけれど・・・・やはり
「ジュリー」は、憧れの王子様だった・・・・
だから、
許せない
亡くなって、お線香上げに行ったのかな?
お墓参りに、行ってもらいたいな・☆
 
京子 |  2012年07月02日(月) 23:40 | URL 【コメント編集】

★ごめ~ん

遅くなりました。
京子さん いつも見てくださってありがとうございます。
京子さんにも王子様?

日出代さんには、永遠の人だったんだろうなぁ って
せつなくなります。


ゆう |  2012年07月05日(木) 21:40 | URL 【コメント編集】

★ジュリーが護ったひと

はじめまして。
ジュリーのいろいろを観ているうちにこのページを拝見しました。

私は小学校の頃からタイガースのファンで、人生で初めて買った(買ってもらった)レコードがタイガースのものでした。
380円とか、そういう値段でした(笑)
タイガースの解散ライブのLP盤も今まだ持っております。
その後PYG~ソロになってもずっとジュリーが好きでした。

エミさんと結婚されたときもリアルタイムで観ておりました。
ゆうさんみたいに比叡山には行けませんでしたが、
あの映像ははっきり覚えています。
何よりずっと覚えていたことが、結婚会見のときのエミさんの言葉。

「私は彼の仕事を一生懸命にしている姿に惹かれました。
 だから、彼がこれからも仕事に打ち込めるように
 彼の仕事の邪魔にならないように、頑張っていきたいと思います。」

本当におっしゃっていた言葉は微妙に違うかもしれませんが、
でも『彼の仕事の邪魔にならないように』という言葉は間違いなく
おっしゃったと思います。
そしてそのエミさんをジュリーは優しく見つめていました。
それを記憶しています。
その時、中学生だった私はまだ大人の男女のことなどわからなかったけれど、素敵な女の人だな、この人はジュリーに尽くすわ、きっと、
と思ったのでした。

もうひとつ印象に強いこと。
78年、エミさんが妊娠されたときのこと、どなた様かはわからないのですが確かジュリーのお身内が亡くなれました。
その葬儀の模様が週刊誌に掲載されており、エミさんはずっと下を向いて涙をぬぐっておられるのですが、洋装の喪服のエミさんのお腹はあきらかにふっくらしています。ジュリーは、ご自分の後ろにエミさんを立たせ、身重の妻を護っている様子が明らかでした。
ジュリーって男気のある人なんだ、と思いました。
エミさんもジュリーの肩に隠れるような仕草で、お身内のご不幸な中にも本当に幸せなご夫婦のようにお見受けしました。
この写真は今でも脳裏に浮かんできます。

いろいろと噂で書かれてきましたが、ジュリーはエミさんを大切に愛しておられた時があったはずです。
エミさんと結婚してから声に艶が増して行き、これでもかこれでもかと限りがないほど素敵になって行くジュリーでした。

ジュリーがエミさんを愛していたときのジュリーがなぜにこうも輝いているのか、本当に本当に不思議です。

勝手な思いです。
次の世では、ジュリーはエミさんと再度結ばれてください。

エミさん、素敵なジュリーを支えてくださり、ありがとうございました。

とも |  2012年08月13日(月) 00:57 | URL 【コメント編集】

★ともさん いらっしゃいませ

数あるマニアックなジュリーファンサイトがある中で
こんな地味なページを見つけてくださり、熱い心のこもった
メッセージコメントをくださりありがとうございます。

うん、そのお気持ち エミさんに伝えたいお気持ち
しっかり伝わってきました。
多分、昔からのジュリーファンの想いはほとんど
同じじゃないかな? って思います。
だって、ジュリーにそのファン道を教え、諭されて育ってきた
ジュリーファンですから。
それだけに、人の気持ちが変わってしまうことが仕方ないこととはいえ
やはり、許せない思いってあると思うんですよね。

ジュリーが結婚した昭和50年にともさんはまだ中学生だったんですね。
比叡山まで行くのはちょっと無理だったかもしれないですね。
今、コメントのお返事をどう書こうかな?と考えながら懐かしい
比叡山の結婚披露コンサートでエミさんをエスコートしながら
紹介しているシーンを見ていました。

結婚ぐらいのことで変わることはありえない。
結婚したことなんてというふうに妻をむげに扱うわけでない。
僕とみなさんの関係は妻にも犯しがたいものがある。
これからも変わらず歌手であるジュリーを応援していただきたい。

ひとことひとことがジュリーですよね!
このジュリーを信じていただけにやっぱりショックでした。

当時の新聞記事のスクラップを、今お貸ししていて確実な年度などを
確かめられないのですが、記憶では、結婚が昭和50年、お母様が亡くなられたのが52年、息子さんの誕生が何年の3月だったか・・・
お母様が亡くなられたとき、妊娠中だったかな?? とちょっと記憶が・・・
ワイドショーで流れた録画があるので引っ張りだして見てみますね。

あまりジュリーネタで記事を書くことが少なくなっていますが
もしよかったらまた覗いてみてくださいね。

そうそう、スクラップをお貸ししてると書きましたが10月に新潟市で
タイガースの映画の上映があります。
ロビーではタイガースグッズの展示などして盛り上がるそうで
もしかしたらスクラップの展示されるかもしれません。
映画がデジタル化してしまうともう昔のスクリーンで見ることも
できなくなってしまうそうで、タイガースの映画もスクリーンで
見られる最後のチャンスかもしれません。
ちょっと遠すぎるかと思いますが、もしお近くだったら
いらっしゃいませんか?
http://www.wingz.co.jp/cinewind/

って最後は関係ない話になってしまいすみません。




ゆう |  2012年08月14日(火) 00:29 | URL 【コメント編集】

★エミさんとジュリーの時代

ゆうさん

早速にメッセージをくださり、ありがとうございます。

タイガースやジュリーのことをこうしてお話できて、とても嬉しいです。
ゆうさんは沢山の歴史的な資料をお持ちなのですね。ぜひともいろいろなことをお教えください。
よろしくお願いいたします。

ジュリーの私的なことであるのですが、やはり82年~の『騒動』にはとても驚き、ショックでした。
あのジュリーが、こんな言動をされるのか、、、と。
ジャンパーかシャツか忘れましたが、『〇〇の味方』、という言葉をローマ字で背中にたずさえていたことは、なんで?なんで?なんでこんなことするの?と口を開いて呆然としていました。
ジュリーらしくない。
最もジュリーらしくない、と思ったことを覚えています。

人の心が動くことを、誰も邪魔できない。心の中には誰も入れない、と痛感します。仕方ないことです。
それならそれでもっと密やかなる行為を取らないのだろうか?
当時20代に差し掛かった私でしてが、
『ジュリー、どうしちゃったの?』
という言葉を心の中で繰り返す日々でした。

エミさんはどう思ってらっしゃるのだろうか?

結婚なさる時、年上であることへの負い目がある、というエミさん自身の言葉もなんとなく記憶にあります。
実際の結婚生活がどんなものだったのか、知る由もありませんが、
エミさんが尽くしてこられて、良妻であるということがずっと伝わってきていましたよね、あの当時。
ジュリーはジュリーで、表には厳しいまでに出されなかったけれど、お子さんが生まれて、
子煩悩でおんぶしたり、膝の上で抱っこしてあやしたり、本当にどんなに幸せであったかと思います。
そんなジュリーを本当に素敵に思って、幸せでした。

それがわずか3、4年後にや年下の女性のもとに夫が行ってしまう、『恋をしてしまった』と言いながら。
ましてや公然とその燃え上がった恋愛を二人は振りまいて、結婚式まで報道されて。
夫人はどんなにショックだったろうかと思います。

このあたりから、私の中で何かが終わりました。

エミさんと息子さんはいかがなさっているか、と時折思っていました。
そしてこのたびの訃報です。
あの日以来、私の中で再びジュリーのことを思う日々が続いています。
ジュリーというよりエミさん・日出代夫人と愛を育んでいた70年代のジュリーのことを。


もう全て過去のことだけれど、過去を生きることも素敵で意味あることだと私は思っていて、
だからゆうさんのこのページで語り合えることがうれしいです。
またよろしくお願いいたします。

新潟は遠いです(笑)
映画観たいですけれど、、、、、。
タイガースは、ほんとうに好きだったです。
ロマンのある曲のオンパレードでしたね。
清潔感も大好きでした。
明治のチョコレートの「黄色いチョコレイト♪」のコマーシャルを観るために
金曜日にある番組を必死で見ていたことを思い出します。

ゆうさんの膨大な資料で昔のこと教えてくださいね!
また質問させていただきます。
とも |  2012年08月18日(土) 16:39 | URL 【コメント編集】

★ともさん

再びありがとうございます。

お返事ちょとお待ちくださいね~
(今夜 遅くなっちゃったので)
ゆう |  2012年08月19日(日) 01:46 | URL 【コメント編集】

★おまたせしました

ともさん

今は、すっかりジュリーに行かなくなっちゃったので
あんまりお話相手になるかわかりませんが、昨年の
ほぼタイガースはがんばりました!
ピーのトークライブも行きましたよ!

そんな資料とかってたいそうなものじゃないんですよ
昔の切り抜きとか、雑誌とかそんなものです。
ともさんよりは、だいぶおねーさんなので歳の功で
お教えできる部分はあるかもしれないですね~
最近のことはわからないけど、昔のことなら・・・

ともさんのコメントに添ったお返事になるかな・・・
ならなかったら私のつぶやきになっちゃうけどごめんなさい。

人の気持ちだから、心変わりしてしまったことは
仕方ないかもしれないけれど、表し方がジュリーらしくないですよね。
ファンの前に堂々とお披露目して、その後いっさい表には出さず
結婚していることすら感じさせないほどに私生活は出さなかった。
だから、私たちはついていけたんですよね。

2度目は、ともさんの言うとおり、密かにしておいてほしかった。
出雲大社で結婚式?? 大勢のメディア 観衆の前で。
そして、全○空ホテルで披露宴?!
ファンはシャットアウトして。

もう 全然らしくないですよね!
腹が立ちました。 お前らの知ったことじゃない そう
言われるでしょうけど・・・

仕事場に妻を連れてきて、それを見るファンをシャットアウトする。
なんか違うよね?

自分で歌詞を書くようになって、それが、リアルな恋愛の 夫婦愛?の
歌を歌われても聴く気持ちになれないです。
変なんですよね 私が今一番応援しているフォークの永井龍雲さんは
自分の生き様を歌っている それに惹かれているのに
矛盾しているんですけど・・・・
ジュリーのリアルな恋愛話など聞きたくないんですよね
それも奥さんとの・・・歌なんて。

だんだん 気持ちが離れちゃいました。

やっぱり新潟は遠いですか・・・・
DVDもありますしね 映画そのものは見られるもんね。

質問あったらいつでもどうぞ。
ゆう |  2012年08月19日(日) 22:14 | URL 【コメント編集】

★エミさんとの家庭

ゆうさん

ありがとうございます。
2度目の方とのことにこだわっている私は、同じ気持ちを持っておられるゆうさんと語り合えて、
なんだかホッとします。

二度目の方と互いに惚れきってしまったのかもしれないけれど、
それであるならあるほど、二人の世界だけで満足なはずです。
どうして、結婚式&披露宴の公開をしたのか今更ながら不思議なんです。
エミさんや子どもさんの気持ちをどのように考えたのか?
不思議です。
いまだに、いくら考えてもわかりません。

そしてスタイルとしてもジュリーらしくないですよね。
あまりにもありきたりな結婚式&ホテルでの披露宴。
ジュリーが普通の人になってしまった。
なんであんなことをしたんだろう?

比叡山延暦寺での結婚式、そしてファンへの披露、ジュリーとエミさんの衣装、
エミさんが持っていらしたカサブランカの花、その後の一切表に出てこられない結婚のありよう。
これが本当にジュリーそのものだったと思います。

ゆうさん、もしお持ちならば教えてください。
私は持っていないのですが、『我が名はジュリー』の中で
エミさんのことや家庭のことなど語っておられますか?
書かれているならば、どんなことなのか、教えていただきたいです。
よろしくお願いいたします。
とも |  2012年08月25日(土) 16:32 | URL 【コメント編集】

★ともさんへ

日出代さんが亡くなられて、ちょっとした思いを書いてみたけれど
今私、ジュリーには行ってないんですよね・・・
ほぼタイガースは行きましたけど、東京ドームも行きましたけど
それ以外では、もう6年くらい見てないかな?

行かなくなったのは、2回目の結婚ってわけではなく
別の理由があるんですけど。
でも、それまではプライベートは関係ないものとして、行ってはいたんです。
でも、プライベートを見せ付ける(見せてしまう?)のは
ジュリーですから・・・ もう仕方ないですよね。
私生活を詞にするようになったから、いいと思っているのかな?

なので、結婚のことはもうこれくらいにしておきましょうか?
そのことだけにすごくこだわって思われちゃうのも本意ではないので。

で、我が名はジュリーを開いてみました。

年表があったわ
お母様が亡くなられたのが昭和53年5月27日
息子さんが生まれたのが昭和54年3月2日
大きなおなかで葬儀に列席というのはありえないみたいです。
まだ、はっきりしてないか?兆候くらいの時期だったのでは
ないでしょうか?

目次としては、「恋愛・結婚・女性観」の章で10ページにわたって
「静かな私生活・華麗なる舞台」の章でも恋愛、結婚生活など
に触れています。

ほ? と思ったのが、家での朝食はサラダと魚 とか
お米はあまり食べない。
外では痩せないといけなくても、いろいろ注文できないから
家では「痩せるぞ!」 と言ったら協力してもらうわけです。
って書いてありました。

ジュリーの美も影ながら奥さんの協力があったからなんですね!
じゃ 今の姿は????????

ゆう |  2012年08月27日(月) 23:14 | URL 【コメント編集】

ジュリーの体型管理をしてくれてた日出代さんに感謝しています。体は現する道具ですから大切です。中年のオバさんよりもピチピチの若い娘さん夢中になりたい気持ちはわからなくは無いですけど、可愛い盛の幼いお子さんがいたでしょ!?あの頃の我儘と受け取られても仕方ない様な一連のジュリーの行動を見て人間性を疑ってしまいました。こんな人が、原発反対や世界平和を叫んだらお笑いですわ。高校生の時、1786年の福岡九電体育館のコンサートが最初で最後です。「我が名はジュリー」も図書館で借りて読みました。素敵なお父様で羨ましかったです。18億の大金で顔を叩かれたみたいで日出代さんがお気の毒です。幼い子供と妻を捨てるなんて人のする事じゃないですよ。私は、親が決めた七つ年上の連れと忍耐しています。可愛い娘が三人いますからね(笑)長文失礼いたしました(´・ω・`)
通りすがり |  2015年04月06日(月) 23:28 | URL 【コメント編集】

★通りすがり様

はじめまして
検索でいらっしゃったのでしょうか?
3年も前の記事にコメントありがとうございます。

ジュリーの不倫と原発問題を一緒にするのは?? と思いますが
想いはいろいろありますものね。
86年が高校時代だとジュリーファンとしてはお若いほうかな?

どんなきっかけでジュリーを検索されたんだろう?
ふと気になりました。

今のジュリーは受け入れられない私だけど、私の青春はジュリーで輝いていましたよ。
あの頃のキラキラした日々を教えてあげたい気持ちになりました。
ゆう |  2015年04月07日(火) 23:58 | URL 【コメント編集】

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